私の表現の自由が奪われようとしたー#KuToo本裁判上告棄却の決定を受けてー

裁判の内容は、一審・二審判決について書いてある判決文やブログを見ていただければと思います。今回は、原告が最高裁も闘いたいと上告したけれど、上告自体が受け入れられず棄却になりましたので新しい結果などはありません。

最高裁で石川優実さんの勝訴確定。ツイートの引用めぐり「勝訴でもバッシング、なぜ」 BusinessInsiderJapan

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裁判や判決内容についての詳しいことはこちらの記事をご覧下さい。

第1回  ネットリテラシーの罠
第2回 この裁判自体が性差別への抗議に対するバックラッシュ
第3回 へんてこりんな日本語読解が認められるかが実質的な争点だったこと
第4回 謎の「クソリプ定義論」
第5回 女性差別を理解しない限りバックラッシュは続く

この裁判は、簡単に言えばTwitterであろうと書籍であろうと、同じように著作権法が適用されますよというごくごく当たり前の判断がなされただけの話です。

とにかく分かりにくくされる

しかし、メディアの方が書いてくださった記事や判決文、代理人の弁護士さんたちがさまざま説明してくださっていますが、とにかくわかりにくくややこしい話だと思います。どれだけ説明を尽くしても、尽くせば尽くすほど、私が一人で騒いでいるだけの印象を持つ人もいるかもしれません。話しても話しても何度も何度も同じことを繰り返し繰り返しツイートしてデマを広める匿名アカウントが、今もずっといます。三年前、書籍を出版した時からずっと続いていることです。

そもそも、このような現象は今回に限りません。

#KuTooの運動をはじめた当初もそうでした。私が自分の会社のパンプス規定と別の会社のパンプス規定が書かれたものを何も説明をつけずにツイートしました。

それを「石川の会社のものではないものを、石川の会社のものだと偽ってツイートした。石川優実は嘘つきだ。こんなやつのしている運動は正当性がない、怪しい、捏造だ。」そいうことをすごく沢山書かれ、「石川優実」と検索すると「詐欺師」と予測検索で出るようになりました。

嘘をついているのは私を嘘つき扱いした人たちで、事実は「私は自分の会社のルールブックもアップしている」「私は別の会社のルールブックを自分の会社のものだと一言も言っていない」です。

しかしこの時も、「何も説明がないということは、これが自分の会社のものだと言っていると判断されても仕方がない」という意味不明な解釈をされ、ずっと嘘つきだと拡散されました。そういうまとめが作られたりもしました。(というか、実際自分の会社のルールブックも一緒にアップしていたのに。)

ここで私が説明しても、とても分かりにくいことだと思います。

なので皆さんに知ってもらいたいことは、こうやって簡単には説明ができないようなややこしいことにされて、嘘つきだということにずっとされ続けてきた、ということです。

内容を理解してもらうよりも、そういったことがマイノリティの権利を訴えている人たちにはたくさん起こっている、ということを皆さんには理解していろんなものを見てもらいたいと思うのです。

私がツイートを引用した理由

そもそもツイートを引用した書籍を作った意図についてお話します。原告も原告を応援する人も小倉弁護士も、石川が原告を陥れるためと主張しているかと思います。

私がこの本でツイートをわざわざ引用したのは、女性運動やマイノリティの権利を獲得する運動が日本でなかなか進まないのは、この本で取り上げたように、自分たちの思い込みで好き勝手運動について決めつけたり、賛同者をバカにしたり、女性を性的に侮辱したり、嘘つきということにしたり、デマを流したり、そういう行動に出る人たちがとても多くいるからだと思っています。このほぼ匿名の人たちの大量のつぶやきが、無関心層へまっすぐに届くことを阻止していると思っています。ですので、それらの言葉たちをきちんと可視化し残し、解説をすることが必要不可欠だと考えています。

わざわざ引用したのは、現物を見せないとまた「そんなことをいう人は実際にはいない、被害妄想だ」と言われると思ったからです。私が「Twitterでこういうことを言われました」と書いたところで、それすら嘘をついている、被害を捏造している、ということにされるでしょう。なのでしっかりと実物を見てもらいました。これが私の引用意図です。

男を貶めるためとか、バカにするため、ではありません。それは相手側の妄想であり、私の気持ちではありません。

私の意図を他人が決めることが意味が分かりません。私の意図は私にしかわからないわけで、それをなぜか別の人が勝手に決めつけること、決めつけていいと思っていること、それ自体が私を意思のある人間として見ていないと感じています。

裁判を煽ったと言われているが、その経緯

また、裁判を煽ったと言われますが、ここまでの経緯を改めてお話します。

本が発売された直後から「この本は著作権を侵害している」と言い広められました。現代書館や私からは何度もツイートや声明文で説明をしました。しかし何を言っても「著作権法違反だ」とずっと言い続けられました。そして、署名を集め本の回収を要求されました。

当然、こちらは著作権違反をしていないので回収はしませんでした。

しかし、その後もずっとずっとこの本は違法だと言い広められました。

これではきりがないので、「だったら司法で判断してもらいましょう」と私が言ったのが「石川優実が煽った」とされる経緯です。

これを煽ったというならば、私は黙って著作権に反していない本を回収しなければいけませんでしたか?もしくは、ずっと不法行為を犯した人間としてネット上に書かれ続けなければいけませんでしたか?

裁判をしてきちんと判決を出してもらう以外、正当な方法はなかったと思います。それ以外は私は黙らされるという選択肢しかなかったと思います。

こういうことができてしまうTwitterはそのままでいいのか?

このようにTwitterは、匿名で1人の人間を犯罪者のようにしたてあげることができます。この本は著作権法違反だと断定していた人たちからは、今日までにひとつも謝罪や訂正がありません。(黙ってツイートを消したりはしているようですが。)

ご自身の発言には責任を持っていただきたいと強く望みます。特に弁護士としてこの本は名誉毀損だ、著作権法を侵害しているとツイートし広めた小倉弁護士と吉峯弁護士が、なんの謝罪も訂正もしないままなのはおかしくないですか。

ネット上の情報で、「なんとなく印象が悪い」「あの人はなんか悪いことをしたんだろう」と他人に対して思っている人は、一体どういう出来事があってそう思っているのかきちんと自分で確認してほしいです。知ったうえでそう思うのは自由ですが、私のことを卑怯で嘘つきで捏造をする、いつも一人で騒いでいる人間だと思っている人は、じゃあ私がした卑怯なことはなんなのか、私がついた嘘はなんなのか、そういうことを把握したうえで判断してほしいのです。

原告の請求はひとつも認められなかった

また、今回の裁判で原告側が訴えていたものは全て棄却されました。一つも認められていません。私はTwitterで初期のころから説明していましたし、裁判でもほぼ同じことを言っています。しかし、ずっと私の言うことを「頭がおかしい」「著作権法をわかっていない」「論理的に説明してください」などと言われてきました。

判決の結果が出て、こちらの言い分が正しいとされ、原告側が言っていたことが何も認められていなくても、彼らは「非論理的」「感情的」「ヒステリック」と判断されることはありません。なんなら「著作権法をわかっていない」すら、「著作権法がおかしいのですね」となっていました。え???

これがなぜなのかと考えたときに、やっぱり彼らは男性でこちらは女性差別を訴える女性だから、ではないのでしょうか。「非論理的」「感情的」「ヒステリック」という言葉が正しく使われているようには到底思えません。

よくわからない理論で謝罪させられたこと、ありませんか?

女性の多くは、今回のように相手が何を言っているのか全くわからないけど、こちらに非があるということになって謝らせられたり、いうことを聞かせられた経験があるのではないでしょうか。

根拠なくこちらが感情的で頭が悪いということにされ、通常だったら全く通らなさそうな謎ルールを自信満々に主張するもんだから、なんだかそれが正しいかのようにこちらも思ってしまって、おしつけられた経験に身に覚えはないですか。

今回の裁判は、そういうことが起こっていたと思います。

多くの人が、女性差別に怒っている元グラビアアイドルの、自分たちと違って頭の悪い女が意味の分からないことを言っているから説教してやろう、正してやろうと思い込みのもと私を見て、自分たちのしていることを少しも省みることをしなかったのではないでしょうか。

多くの人が、私のことをバカだと決めつけて話しかけてくると感じています。私の言っていることに理解ができないときは私が頭が悪いからおかしなことを言っているということにされ、相手の言っていることを私が理解できないときは、私の理解力がないからだということにされ、相手と意見が割れたときは私が間違っていて相手の言うことが正しい、それを判断できるのは私ではなく相手。なぜなら私は頭が悪いから。そういう前提でのツイートが非常に多かったと感じています。ですので、会話というものは全く成り立ちません。

私はこの三年間、何度も何度も自分の考えや知識が間違っているのではないかと疑い、たくさんのことを調べたり勉強しました。というか、そういう人生を送ってきました。

それは、基本的に相手より自分が必ず正しいなんて思っていないからです。

相手も自分も間違うことはあるだろうから、都度確認をしながら調べながら、振り返りながら人と関わっています。それは、相手を見下さず対等に見るようにしている、というか、女性はそれが基本的には当然と思って人に接している人が多いのではないでしょうか。

今回の本の件で著作権法違反だと言っていた皆さんは、一度でも自分の知識や考えを疑いましたか?もしかしたら間違っているかも、と考えて調べたりしましたか?

そういうことをした人はあまりいなかったように思いますし、それをしていたらこんな何一つ認められない裁判を起こさなかったのでは?誰か止めたのでは?と思いますし、なぜ止まれなかったのかと言えば、やっぱり「ありもしない女性差別を作り出して騒いでいる女が正しいことをしているはずがない、著作権について自分たちより詳しいわけがない」という偏見があったのではないですか?もしあったのならば、それってやっぱり女性差別ですよ。

今も判決文を読まずに思い込みでのツイートがされている

上告棄却されたあとも、未だに「直接のリプライに見えても引用は成り立つということが」という間違った解釈をツイートしている人がたくさんいます。

判決は、「直接のリプライに見えるようにしたとは言えない」という判断です。

原告代理人のツイートですが、こちらも間違っています。

相手側弁護士は「あたかも直接リプライしたかのような体裁で書籍に掲載することは適切ではないと思う」とツイしてますが、裁判所は「直接リプしたような体裁には見えない」と判断。直接リプしたような体裁で引用したとは認定されてないのです。

また、削除されたようですが「著作者人格権は侵害していると思うよ」というツイートをした人もいます。この裁判で争われたのは著作者人格権です。著作権の一類型とされています。

こういう判決文を確認せずに適当にツイートする、それがそのまま放置されて多くの人の目につく。

ここにあげたものはほんの一部です。代理人の先生方がTwitterでも訂正のツイートをして下さって本当にありがたいのですが、一審判決が出た時から、ずっとこういうツイートが大量に生産されています。

判決文よりもツイートの方が検索に引っかかりやすいでしょうし、目にする機会が多いでしょう。こうやって、嘘の情報が本当のことかのようにインターネット上では広まり続けます。匿名なので責任を問われませんし、適当なことを言い続けたもの勝ちになってしまいます。こうやって裁判の判決よりも、ウソを作り出すことが可能な空間になってしまっています。そしてそれはネット上だけでなく、現実を生きている私の印象を作ってしまいます。

一貫した「自分たちはいい、石川がやるとだめ」

また、多くの人たちは好き勝手私のツイートの言葉を引用しまくっています。引用リツイートというのはそういうものですね。誰も私に「引用していいですか?」なんてお伺いを立ててこないし、好き勝手言ってくれていますよね。

私も今回、同じことをしました。しかし、私が同じことをすると「攻撃だ」ということにし、こうやって不法行為でないものを不法行為だと訴えてきました。

普段私や女性たちが訴えることを「お気持ち」と揶揄し話を聞かない人たちが、「嫌な気持ちにさせられた」という理由で私のことを「人としてひどいことをした」と言っています。「とはいえ人をバカにするようなツイートをするのはいかがなものか」という意見を見ましたが、そもそも#KuToo運動や運動に賛同している人に対してバカにするツイートをしたのは原告です。

原告は#KuToo運動に賛同している人に対して、「そもそも女が革靴を履いちゃダメな認識って女の人が広めてる認識デスヨ」と、間違った思い込みでリプをしました。

そのやり取りについても上記ブログに当時説明しましたが、原告は自分の間違った思い込みのまま#KuToo運動や職場での女性の服装ルールについて持論を展開しています。まるで実際にヒールを履いて仕事をしていて、#KuToo運動を始めた私よりも女性の服装規定に詳しいかのように堂々と自信満々に。

別にいいですよ、それは不法行為にはなりませんから。だから私はそんなことで裁判を起こさず、きちんと自分の表現の自由を使って言論で反論しました。こういう自信満々に謎持論を展開するやつに、素直に話を聞くように育てられた女性は「それおかしくないか?」と思っても丸め込まれちゃうんですよ。だからきちんとその構造をみんなで共有して、違和感を感じるような「ご意見」にはおかしくないかと言う。それが差別をなくす運動には必要不可欠だと思っています。その行為が、他者から「バカにしている」と判断されることはあります。私は原告をバカになんてするつもりはまったくありませんが、そういうことにされていますよね。

「自分は相手をバカにする意図なんてないからこれは真っ当な批判・意見なんだ。お前の意図はお前が何と言おうとバカにしたかったに決まっている、だから「意見」ではなく「攻撃」なんだ。」

文章にするとこういうことだと思います。なぜ自分たちの意図は自分たちが決めるのに、私の意図は私が決められないのでしょうか。

最初から最後まで、徹底して「自分たちはOK、石川はだめ」を貫いている人たちでした。これが差別でなくて何なのかと思います。

裁判の中でまで原告側は「#KuTooはTPOの問題ではない」と、私が始めた運動についてまで決めつけて主張してきました。運動を始めた私が#KuTooはTPOが男女で違うことを問題にしていると主張しているのに。女性運動始めた私の意図まで乗っ取ろうとして、自分たちのものにしようとして、どれだけ女性差別がひどいんだと怒りを覚えます。

終わりに

こうやって会見をして主張する場を三回いただきましたが、単発的ではなく3年間ずっと受け続けた誹謗中傷です。Amazonのレビューはそのままで、本の信用を取り返すことは不可能だと思います。

そもそもSNSで匿名の人が何の責任も取らずに他人を不法行為をしていると断言し、印象を作ることができる事自体をどうにかしなければいけないことだと思っていて、これからAmazonやTwitter社などのプラットフォームに働きかけていきたいと思っています。

ここまで見守ってくださった皆様、記事にしてくださったメディアの皆さん、代理人の神原元先生・太田啓子先生、ツイートを集めたり打ち合わせに同席してくれたクボユウスケさん、一緒に闘ってくださった現代書館さん・編集の山田亜紀子さん。

本当にありがとうございました。

私はなんとか判決を出すところまで行きましたが、裁判までならずに黙らされ、印象をつくられた人が社会にはたくさんいるのではないでしょうか?

こんなことはそもそも起こってはいけないことだと思います。

こういうことが起こらず、印象ではなくその人がしたこと、言ったことで正しく評価、判断される社会を作っていかなければと強く思います。

また、「#KuToo:靴から考える本気のフェミニズム」を購入して応援してくださることが私は一番うれしいことです。
自分が過去の経験から沢山考えぬいて文章にしたことを、ぜひ多くの方に読んでいただきたい、それが私の願いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

2022年10月5日 石川優実

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