第4回 謎の「クソリプ定義論」 #KuToo裁判では何が起きていたのか

2019年11月に出版された私の著書「#KuToo:靴から考える本気のフェミニズム」について裁判が行われました。その裁判ではいったい何が起きていたのか、記事にまとめています。

第1回 ネットリテラシーの罠

第2回 この裁判自体が性差別への抗議に対するバックラッシュ

第3回 へんてこりんな日本語読解が認められるかが実質的な争点だったこと

第5回 女性差別を理解しない限りバックラッシュは続く

クソリプの「定義」?

 今回は、原告が「私が原告のツイート趣旨を歪めた」といっているポイントの

B 本件原告ツイートは石川に直接リプライしたものではないのに、「クソリプ」と称したことによって、そうであるかのように本で引用した

 についての説明です。

 原告のツイートがあるスレッドを見て頂ければわかるように(判決文別紙参照)、確かに原告ツイートは、私への直接のリプライじゃありません。 私はこのことを否定したことなど一回もありません。原告が私に直接リプライしたわけではありません。

   正直、だったらなんなんでしょうか?私への直接のリプじゃないものでも、内容的に「クソリプ」と思ったから「クソリプ」と表現しただけです。

 でも、原告は、私の本のなかで「クソリプ」とは、私のツイートへの直接のリプライに限定すると「定義」されていると勝手に読んで(私はそんな定義なんてしてないのに、ほんとに、なんでそう読むんだ??)

 その「クソリプの定義」にあてはまらないものを私が「クソリプ」と表現して引用したから著作権法違反だ、と原告は主張してきたんです。

 前回の記事(https://ishikawayumi.jp/20210526kutoo/ )で書いたとおり、この「クソリプ定義論」は、吉峯耕平弁護士が、誰に頼まれたわけでもないのでしょうが私を批判するためにネット上に書いたものです。原告の主張は吉峯弁護士のこの文章そっくりで、なるほどこの吉峯弁護士のように読めば、勝てる! と思ったんですかね。勝てなかったですけどね。そんな文章の読み方へんてこりんだと、どうして小沢弁護士も思わなかったんでしょうか。

 あと、その「定義」と別に、私の本で原告のツイートの文章を掲載し、私が批判する文章を掲載しているデザインが、「直接のリプライであるかのように見せるものだ」、というようなことも原告は主張していて、それも、本当は直接のリプライじゃないのに趣旨を歪めている、というのも著作権法違反の主張の一つでした。

 でも、別に直接のリプライだとデザインで主張したというわけではないです。私は、「直接のリプライ」か、そうではないかによって、「クソリプ」であるかどうかが決まると考えていませんので…。

 本当にわかりづらくないですか。ふつう一回じゃわかりません。

 ここまで読んで下さった方も、もう相当疲れていると思います。

 私もこんなわけがわからない主張、正直とりあいたくありません。

 原告の主張を読んで理解するのも、反論するのも、本当に疲れ果てる作業でした。

判決は「クソリプ定義論」について正面から書きました

 でもこういう主張で裁判を起こされたから、仕方なく、裁判所に、「私はそんなふうに「クソリプ」を定義なんてしてません。「クソリプ」の例として私のツイートへの例をあげたけど、それに限定するなんて書いてないし、本の目的からしてそんなふうに限定して読むほうがおかしいです」と、原告の文章の読み方がおかしい、ということを、疲弊しながら、長々と説明せざるを得ませんでした。そして、裁判所は私の主張通りに認めてくれました。

 裁判所が認めてくれた部分の判決文を引用します。下線は私がひいたものです。

 まず、「クソリプ定義論」部分です(24~25頁)

「原告は、本件ツイートは、被告石川のツイートに対するリプライではないので、本件書籍の批評の対象である「クソリプ」に該当しないにもかかわらず、被告石川は、意図的に、本件ツイートが被告石川に対する直接の返信であると理解されるように本件書籍に掲載していると主張する。 

 しかし、そもそも「クソリプ」という言葉には定まった定義があるわけではなく、本件書籍7頁には「クソリプ」を「ツイッターの返信機能を使って、見当はずれな内容や抽象的な言葉を投稿すること」という注記はあるものの、本件活動の意義や真意を読者に伝えるという本件書籍の目的に照らすと、同書籍で取り上げるツイートを被告石川に対するリプライに限定する合理的な理由は見出し難い

 また、本件書籍第2章の)序文(58頁等)の記載によれば、被告石川は、同被告に対する返信リプライ、同被告のツイートを引用するリツイート、「♯KuToo」のハッシュタグをわざわざ付したツイートなど、本件活動に対する非難、中傷等を内容とするツイートを「クソリプ」と称して、批評の対象としていると解するのが相当である。」

デザインについての判決

 次に、デザインの点についての判決文です(25頁)。

「そして、本件批評の左頁には、上部に引用された他者のツイートが掲載され、その下には被告石川のツイートが掲載されているところ、このような形式にしたのは、本件活動を批判等するツイートと被告石川のツイートを対比し、その主張の違いを読者が理解しやすいように並べたものにすぎないと解するのが相当である。実際上、本件批評の左頁下部に掲載された被告石川のツイートは本件ツイートを引用してされたツイートであり、本件批評において本件ツイートと対比して掲載することが相当性を欠くということもできない」

「以上のとおり、本件書籍が対象とする他者のツイートが被告石川へのリプライに限定していると解することはできず、被告石川が、本件批評において、)意図的に、被告石川に対するリプライとして本件ツイートがされたかのような体裁を作出したとも解することはできない。」

「したがって、被告石川が、意図的に、本件ツイートが被告石川に)対する直接の返信であると理解されるように本件書籍に掲載したとの原告主張は採用し得ない

 さて、この、「私への直接のリプではない」というのは、私としてはその通りだし、だったら何か問題でも?とずっと思っているし、判決でも上記の通り問題ないと認められたわけですが、Twitter上ではなんだかあたかもこれがすごく大問題であるかのように騒がれ、「直接のリプじゃないのにリプライに見せかけて引用したなんて著作権法問題はないのか!」と大勢の人が言っていました(わけがわからない)。

争点は文章の読解にあったのですが…

 このように、リプかそうじゃないかにこだわる人がやけに多かったため、判決後もこれについて原告代理人に尋ねる人がいました。で例えば以下のようなやりとりがあるのを見ました。

「最大の争点になると思っていた「リプライでないツイートをリプライに見せかけたこと」について裁判所は判断しなかったということでしょうか?」という質問に対して小沢弁護士は

「そちらがメインのつもりでしたが、同一性保持権の関係では大文字小文字の話になってしまいました。」と回答しています。

「リプライではないのに、あたかもリプライのように見せるデザインだったことについて、「同一性保持権侵害か?」「公正な慣行か?」といった判断はされたのでしょうか?」に対し小沢弁護士は

「いずれについても触れられていません。引用目的ないし範囲の正当性の部分で触れられていますが、明示しないものの、はるかちゃんのツイートが運動を批判するものだから、そもそも表現の改変に当たらないと考えているように思われます。」

と答えています。要するに、判決は、はるかちゃんのツイートは#KuToo運動を批判する趣旨だと認定したのですが、なんかこれが納得いかれないみたいですね。納得いかれないなら仕方ありませんが、とにかく、実質的な争点が、文章の読解にあったということをおわかりいただけるでしょうか。

 はるかちゃんのツイートを読んで、どうして#KuToo運動を批判する趣旨ではないと読めるのか、私にはどうしてもわかりませんが。

 はるかちゃんは控訴するそうで控訴審がありますから、控訴審でもきっと、はるかちゃんのツイートは#KuToo運動を批判する趣旨ではない、という主張がメインになるのでしょう。

 私はまた控訴審につきあわなくてはいけません。

判決文はこちらから。

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