性暴力の取材をする記者さんやライターさんへ

先日出版されたあるエッセイの中の「グラビアアイドル」という章に、私がグラビアアイドル時代に受けた性暴力のことが書かれていました。具体的には、撮影中に打ち合わせになかった露出を求められ(お尻を出すというもの)、泣いて抗議したがその場で誰も味方になってくれず、「仕事が進まないから」と責められ撮影するしかなかった、という被害です。

発売前に著者が本を送ってくれたのですが、事前に私の被害についてどんな内容になるかの連絡をいただいておらず、読み進めていく中で知りました。

2年前に著者の方から2020年に単行本化予定ということで#KuTooやグラビアアイドル時代の性暴力についての取材を受け、被害について話していたので、その時の情報からだと思います(その後その方と直接被害などについてお話する機会は持っていません)。

グラビアの被害について、私と別のグラドルを比較して、「慎重できちんと抗議できる○○さんと現場の雰囲気から強要を受け入れてしまった石川さん」と書かれていました。また、加害者側を批判するようなことはほとんど書かれていません。

私は長いこと、当時のグラビアの画像をリプで送り付けられるという嫌がらせの被害をTwitter上で受けているのですが、ここ数カ月、著者に取材してもらった時や#MeTooした直後にはなかったフラッシュバックやパニックを起こす、という症状が出ています。そういうこともありこの二年間の間に本格的に法的手段を取ろうと弁護士さんに相談したり、被害のトラウマなども癒したく心療内科に通ったりカウンセリングを受けたり、性被害の相談所にも改めて相談していたところでした。

そんな時に、予告なしに本が送られてきて、自分の被害についての記述を目にしてしまい、やはりパニックになってしまいました。

取材依頼時に単行本に収録予定と説明はあったものの、約2年経っているため、せめて一言、「取材した被害について書いた本が刊行になった」とメッセージがあればある程度覚悟はできたのにな、と思います。

また、この件が性暴力ではなく「グラビアとは一体何なのか」という著者のグラビアアイドルに対する疑問として書かれていたことが私は非常に気になります。

私の普段の発言や活動を論評するのは勝手にしてくれればよいですが(もちろん私が自分の書籍でしたように、私のツイートや発言を引用して批判してくれてもなんでもいいです)、他人の性被害について扱う時はもう少し慎重になってもらえないものか、と思ってしまいました。

実際に、2年前に直接取材したのだから問題ないと判断しているかもしれませんし、著者が今の私の状況を知らないのは当然かと思います。

しかし、性暴力について扱う時はもう少し「取材当時はこうだったけど今は一体どういう状況なのだろうか」ということを少しは想像してほしいのです。被害に遭ってからどれくらいのタイミングで精神面に影響を及ぼすのか、問題として認識され解決に進んだのか、など、その性暴力によって状況は様々なはずです。

これは私の感想ですが、「グラビアアイドル」というその章を読んで、そもそも性暴力として認識していないのではないか、と思いました。

私にとっては、かなり時間が経っているのに原稿の確認がなく本を送ってきたことも、他人の性被害を論評するような内容自体も、どちらもセカンドレイプのように思えます。

また、この本の中では私ともう一人仮名のグラビアアイドルの方の話が書かれていますが、当然現場のパターンはその人、その事務所、その制作会社などによって様々で、「写真集の撮影だから大丈夫・DVDの撮影はだめ」とか、そんな単純なものでもありません。

著者は一度素人グラビアという形でモデルを体験されているようですが、自分以外のことを書くときはもう少し慎重になっていただきたかったです。

もし本を読まれた方は、これが「性暴力の問題だ」ということを認識していただき、掲載の際に原稿の確認がなかったこと、インタビュー当時から2年以上経っているということ、問題は当然ここに書かれていることだけではないと併せて知っていていただけたら救われます。

そして今、私自身もエッセイを書いているのですが、誰かの被害について軽々しく勝手に書いていないか気を付けたいですし、これから誰かの被害について書く機会がある人は、どうか慎重になっていただき、「被害を軽視していないか」と思い返してもらえたらうれしいです。性暴力被害者は無意識に当時の記憶に苦しむことがあるということを、取材する側は絶対に忘れないでください。被害者への想像力をもたなければ「声を聞く」ことは暴力にもなりうるのだから……。

2021.6.29追記

この記事を書いて、今回の件を私個人の問題だと矮小化されているような発言を見ました。
私が今回本のタイトル・著書名を出さず、本人にメールでなくこういった形でブログの記事に書いたのは、性暴力を取材し取り扱うすべての人に知ってもらうべきことだと思ったからです。

「性暴力被害取材のためのガイドブック」 性暴力報道と対話の会

https://siab.jp/heart/wp-content/uploads/2016/12/2016_12_01_b.pdf?fbclid=IwAR2_SYEJD8F8GCkMIW6RFN39ixvrrkyGXBUEn30kEQ-iI5UV3A1JuiY-P7U

こちらは性暴力報道と対話の会という団体さんが発行しているガイドブックです。

性暴力について取材や報道をする際に気を付けるべきことが書かれています。
今回の私の件は、「記者が取材をするときの確認リスト」


【取材中】
・トラウマの影響とその反応について知りましょう。→考慮されていたとは思えませんでした。
・気持ちが不安定な人もいるため、発言した内容を撤回したいなどの要望があれば適宜、対応しましょう。→発言がどのように書かれるかの確認がありませんでしたので、要望のしようがありませんでした。
【報道/発表】
・掲載日や放送日が決まったら連絡しましょう。急な変更がある時も伝えましょう。急な変更はよくあることですが、事前に「変更があるかもしれない」旨を伝えると、トラブルが少なくなるでしょう。→ウェブの記事になった時は確認がありましたが、二年経った後に本が発売される際には発売日や内容の確認がありませんでした。ウェブの記事とは全く違うものが本に掲載されていました。
【取材/報道後】
・内容や日時などの急な変更があった場合は、そのことを被害者に説明し、フォローしましょう
・掲載記事や放送した内容は可能な限り、被害者に提供するのは当然の対応です。その際、被害者の方に報道後の感想を聞いたり、気持ちが不安定になっていないかなどを尋ねるとさらに丁寧です。
この記事を書いたあとに、Twitterで著者から「捉え方の問題」「過敏」などの発言が見られました。

私はですが、性被害そのものよりも二次被害によってパニックのようなものが発症するようになりました。どういったことがきっかけでどういった状況になるかわからないのが性暴力の被害だと思います。
性暴力について取り上げ、報道をしてもらわなければ性暴力を失くせないことはわかりますし、できる限りの協力は私もしたいです。
しかし、それによって被害を受けた人が更なる苦しみを受けなければならないような現状はおかしいと思います。
自分も含めて、そして性暴力に限らずですが、人の被害の重さやつらさを他人が勝手にジャッジして「これくらい確認しなくてもよいだろう」という思いには気を付けなければいけないと、改めて考えさせられました。

どうか、性暴力に関わろうとするすべての人に知っておいていただきたいです。
よろしくお願いいたします。

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