あんなさんのこと、「ハーフと呼ばない」と言った理由(無料版)

以前の私の「私はあなたをハーフとは呼ばない」というTwitterでの発言について、そこに至るまでの経緯をまとめようと思います。
あんなさんにされたことを改めて考えるのもまとめることもとてもしんどいことですが、私は私で彼女にされたことに声をあげなければいけないと思い書きます。

こちらは私の「ハーフと呼ばない」発言についての謝罪もあるので、あんなさんとのやりとりにモザイクをかけてどなたでも全文読めるようにしたものです。あんなさんとのやりとりをすべてみたい方はこちらの有料版(100円)をお読みください。なお、あんなさんは800人ほどのフォロワーさんのいる鍵アカウントで私とのDMを出されたようなので、こちらも有料版は800人の方が見た時点で終了とさせていただきます。

簡単に今回の出来事の時系列を書きます。

・5/27、#KuToo本の裁判で勝訴したが、判決内容のデマが広がる。
・デマを正す情報の拡散はしないが「応援しています」と言われることに違和感を覚えていたため、やめてくれと声をあげる。
・あんなさん含む一部のフェミニストから「応援を背負うべきだ」「応援してくれる人を傷つけるな」と言われる。
・もうやめてくれと言い続けたがやめてもらえない中、あんなさんからDMで「応援してるから〜」と追い詰められあんなさんのTwitterをブロック。
・更に共に入っていたラインのオープンチャットにあんなさんから同様の内容の投稿があり、どうしてもやめてもらえないので、オープンチャットを解散。
・人が嫌がることをしないでほしいという旨を、「ハーフと呼ばない」というツイートと共に投稿。
・8月中旬、小田急フェミサイドに抗議するTシャツを作った方が事件をビジネスにするなと誹謗中傷を受け続け、それに抗議したところフェミニストから批判される。石川は事件がビジネスにならなければ誰も知ることができない、そもそもビジネスは何も悪いことではないとツイートする。
・批判する人の中にあんなさんもいて、鍵アカウントで800人に向けて石川のDMを切り取って晒す。更に、過去にあんなさんと私が入っていたオープンチャット内について嘘を話す。その後、2ヶ月前の「ハーフと呼ばない」発言について批判を始める。

長くなりますが詳しく説明していきます。
なぜ私がこの記事を書くかというと、
・あんなさんの鍵アカウントで私や共に参加していたLINEのオープンチャットグループについて嘘を発言していること
・本アカウントで「私のアカウントは2か月前から石川さんにブロックされているので、彼女のツイートは見ることはできません」と言いながら鍵アカウントで私のツイートを引用していること
・すべてのことの発端が私の「ハーフと呼ばない発言」にあるかのようにしていること
・私はあんなさんに散々やめてくれと伝えたにもかかわらず「私が人権侵害をしていた。ずっと嫌なことをしてたと、事実とは異なることを書かれて」と嘘を書かれたこと(私が嫌だったかどうかは私が決めることなはずです。)
以上の理由からです。

ここではあんなさんとのやりとりを全て掲載します。プライバシーの侵害になるかもしれませんが、先に800人に向けて私とのDMを一部切り抜いて晒すという行為をしたのはあんなさんです。あんなさんと同じように、私も冒頭に書いた通りあんなさんとのやり取りの部分は有料と言う形で制限して公開させていただきます。

司法の判断さえデマで潰されそうに

5/27、私は著書「#KuToo:靴から考える本気のフェミニズム」に関して、著作権法に反していると訴訟を起こされており、原告の請求はすべて棄却、私が勝訴しました。

裁判についてはこちらをご覧ください。

これまでネット上で、ずっと「石川優実は著作権法に反している」と言われ、違法行為を犯しているかのように広められてきました。裁判が始まってからも、講演先に「訴えられているような人を使うんですか?」などと電話がかかってきたり、仕事をする前に「この本の件って実際どうなんですか?」と疑われたり。こちらは再三きちんと著作権法に基づいて引用をしている、と表明してきたのですが、ネット上では著作権法に詳しくない人たちが私が悪いことをしたかのようにしようとし、本当に心身ともにそがれる毎日でした。
そして、「#KuTooの本は問題がなかった」ときちんと司法の場で認定されたのが今回の裁判でした。

しかし、その後の私を待っていたのは、裁判の判決内容に関する新たなデマでした。
Twitterやニュースのヤフコメ・そしてYouTubeで事実ではない判決内容が広められました。

司法の場で原告の主張がすべて棄却されてもなお、これなのか。とても絶望しました。裁判は、私にお金がはいるようなものでもなんでもありません。全面勝訴でしたが、当然弁護士費用だけかかります。私の負担です。ただ「自分は違法行為をしていない」ということを証明ができる、そういったものであり、本来必要のあるものではありません。

#KuTooの運動を始めてから、様々な誹謗中傷やデマを広められました。それは私がTwitterを休んでいる時期も含めて、途絶えることはありませんでした。インスタグラムに移行してもこっちまでやってくる、お問い合わせにもやってくる、FacebookにもYouTubeにもやってくる。とても疲れ果てていました。

そんな中で、私はいつももやもやしていることがありました。

「応援しています」「頑張ってください」と言われることです。
ただ単にその言葉を言われること自体が嫌、という話ではありません。

私が取り組んでいる#KuTooや女性差別の問題は、私一人ではなくこの社会みんなの問題であるはずです。私だけが頑張るべき問題ではないはずです。
そして、同時に「私は怖くて誹謗中傷には何もできませんが」ということを実際に私に伝えてきたり、そのようなニュアンスで応援を伝えてくる方もいました。

私はこれがとてもつらかった。集団でいじめられいて、誰も助けてくれない。でも遠くから「頑張って!」「応援してるよ!」という声はかけてくる。
言われるたびに、見捨てられたような気持ちになっていました。あなたがいじめられるのはどうでもいい、でも、みんなのために活動はあなたが頑張って。
そんな気持ちをぶつけられて、でも応援してくれているのだから、「ありがとうございます」と返さなければいけない。自分が一人の人として扱われていないようで、とてもつらい毎日でした。

そんな中、今回の裁判結果のデマがばらまかれました。
なので、皆さんにもデマの訂正のツイートの拡散をお願いしました。

しかしやはり、デマ訂正のツイートの拡散はしないけれど「応援しています」「頑張って」と言ってくる人は相変わらずいる。普段、私のツイートが見えていないのかな?と思っていました。ミュートにしているんだろうと。でも、裁判の勝訴のツイートをしたときに、これまでどこにいたんだろう?という人たちからたくさん「おめでとう!」というコメントが付きました。
「私がずっといじめられているのを、知ってたんだ。」
そう感じ、絶望しました。

そんな状況を見ていたアンチの人が、「嫌われてるから誰も拡散してくれないんでしょ」とリプライをしてきました。
私もそう思っていました。嫌われてるから仕方ないと。でもだったらなんで、嫌いな私に応援してるとかおめでとうとは言ってくるんだろう?嫌いなら声もかけてくれなくていいのに。

そう思って、そのアンチの人に嫌味として「そうですね、嫌われてるから誰もデマの拡散に協力してくれないんですね。わかってます」というような内容のツイートをしました。

そこで、別のフェミニストの方からアンチではなく私に向かって「石川さんのことを嫌ってなんかないです」というような内容のリプライがきました。
もうやめてくれ、そう思いました。それは私じゃなくてアンチに言ってくれ。今私は、何で嫌われてないのにデマの拡散はしてもらえないんだろう、そういう話をしていたからです。
デマを流されたり誹謗中傷をされることは、私個人の問題ではありません。いつもデマを流され印象を悪くされるのは、社会的マイノリティーです。こうやって司法の場で結果が出てもなお、事実が数によって書き換えられてしまう。それを見た何も知らない人たちは信じて、事実ではないことを事実と思い込んで生きていく。そんな歴史修正がずっとされているはずです。

私個人の問題じゃないんだから、私のことが好きとか嫌いとかそんな話ではなくて、応援じゃなくて一緒にデマを否定してほしかった。できないなら仕方ないので、応援してますと私に声をかけるのはやめてほしかった。それに、傍観は私自身が傷つくとか死にたくなるとかだけの問題ではなく、加害の助長にもなるんです。

やっと口にできた「応援しないでください」

その時に私は初めてやっとTwitterで言いました。
応援してますって言わないでください、と。応援してますとわざわざ言ってくるなら、デマの拡散や誹謗中傷への抗議をしてほしいと。できないなら伝えてこなくて大丈夫ですと。何もしない状態で応援してますと声をかけられることは、無責任だと感じる、と。

ずっと言えませんでした。その人たちに悪気はないだろうから、私が我慢するべきだと思っていました。でも限界でした。もうこれ以上応援という名のもとに集団からいじめられているのを傍観されるのも、みんなの社会の問題なのに自分に押し付けられるのも、無理でした。無理に声をあげろ、じゃない。みんな自分の生活で大変で、自分のペースがある。それは私も同じです。
だから、できないならできないでいいから、都合のよいときだけ応援してると声をかけるのはやめてほしい。

やっといえましたが、あんなさんをはじめとする多くのフェミニストの方から「応援しているのにひどい」「傷ついた」「分断を煽るな」と責められました。

私がずっと傷ついていることに対してはどうでもいいんだ・・・そのうえで自分たちの応援を拒否して傷つけるな、と言ってくるんだ。ここで、私は同じ一人の人間として扱われていないんだ、と思いました。
だからずっと、いじめられているところを見ていても放置できるし、そのうえで「頑張ってください」と声をかけることができてたんだな。私のことを、フェミニストとして目立っているから都合よく利用できればいいと思っているんだな、だから私が傷ついていようとどうでもいいんだな。そう思いました。

あんなさんとのやりとり

やっと上げることのできた声ですが、あんなさんから黙らせようとされました。以下、最初にあんなさんから来たTwitterのDMです。
ここから先にあんなさんとのやりとりを載せますが、あんなさんの部分はモザイクがかかっています。すべてみたい方は有料版をご利用ください。

説明するのに疲れ果てているところにまだ来て、そして声をあげたことに「賛同できない」「なんで喧嘩腰なんですか?」「石川さんを応援しているから」と言ってきました。本当にきついなー、それをやめてと言っているのにまだし続けるんだ。そう思い、私はあんなさんをブロックしました。

その後、あんなさんも入っているLINEのオープンチャットも方にも連絡が来ました。このオープンチャットは、誹謗中傷を受けている被害者の方が集まって情報交換をしたりアドバイスをしたり、励まし合ったりする場として使っていました。クボユウスケさんが提案してくださり作られたものです。
以下、オープンチャット内での全やり取りです。(モザイクなしは有料版をご購入ください。)


これらのやりとりを今また掲載するために見なければいけないのも、正直とてもしんどいです。結局あんなさんは最後まで、私の主体性と自己決定権を奪おうとし、やめてくれと言っていることをやめてくれませんでした。
声をあげた私を「分断を煽るから」「あなたはアクティビストなのだから」という理由で黙らせようとしました。私の傷はしらない、でもみんなの応援を拒否ることはみんなを傷つけるからやめるべきだ、そう言い続けました。私はあんなさんや他のフェミニストの人形ですか?

私の口から発する言葉を信じずに「冷静になって休んだ方がいい」「暴走している」「おかしくなっている」とするのは、女性がこれまでずっとされてきた「女は嘘をつく」と何が違うのでしょうか?私はあんなさんと直接会ったことも話したこともありません。あんなさんは一体私の何を知っていて、「今の石川さんは本当の石川さんではない」と言えるのでしょうか?やっと本当のことを言えた私をこのように「おかしくなった」「疲れている」ということにし、黙らそうとしたことにとても怒りを覚えています。

最終的に私の大切な友達のことを「取り巻きに見える」と言い、みんなに自分の意思がないかのように言い始めました。
そして、このオープンチャットは解散されました。

なんで私がずっとやめてくれと言ってもやめてくれない、私の主体性と自己決定権を奪う行為がハラスメントで人権の侵害だとわからないんだろう。と思い、私は「ハーフと呼ばない」というツイートをしました。

なぜ私は「ハーフと呼ばない」というツイートをしたのか

あんなさんは多分、応援されること、アイコン化されること、アクティビストとしての責任を負わせられること、フェミニズムの印象が悪くなるから誹謗中傷に対して言い返すな、と言われることの何がダメで、そしてこれらが主体性や自己決定権を奪う行為でハラスメントであり人権の侵害なのかがわからないのだと思いました。

なので私は、あんなさんが当事者であり、その中であんなさんがされたら嫌であろうことを事例として出しました。
私は以前、あんなさんが知らない人に「なんでハーフって呼ばれるのが嫌なんですか?」と絡まれており、「説明する義務はない、ただ呼ぶのをやめればいいだけです」というような趣旨の返答をしていたと記憶していました。つまりそれは、あんなさん自身はハーフと呼ばれることを望んでいないとも理解しました。

ミックスルーツの方の中でも、呼び方についてどう考えているかは人それぞれだと思っています。ハーフと呼ばれたくない人、別に気にしない人、そもそもそんな話をしたくない人。様々ですが、その中でもハーフという言葉は差別的だという認識が広まっていますし、あんなさんも呼ばれたくない人だ。

そのような認識だったので、今回はあんなさんが差別の問題の当事者であり、更にされて嫌だと思うことを「私はしない」と書きました。

ただ、このツイート内で私は「ハーフ」という言葉が差別用語にあたることがある、ということに触れていません。
確かにこのツイートだけ読んだら、「ただ単に気持ち的に嫌だからという理由だけでハーフと呼ぶなと言っているように石川は認識している」と取られて仕方ないと思います。

なので、このツイートをみたミックスルーツの方も巻き込んでしまい、そして傷つけてしまい、差別を助長するような形になってしまったのだと思います。本当に申し訳ありません。

認識として、「ハーフ」という呼び方は差別用語でもあるし、あんなさんにとっては嫌だという気持ちも伴うことだと思っています。
で、差別の問題って「人権の問題だから」「その人の権利を奪ってしまうから」ということと、それに伴う「自由を奪われて嫌だと思う気持ち」「辛いと思う気持ち」とかあって、これはどちらもあるものだと思うのですが、差別をし続ける人はそれを単にお気持ちの問題「だけ」にしてしまって、その人の権利を認めようとしないのですよね。
こういう揶揄をされる問題だからこそ、気持ちだけのような書き方をしてしまったのは本当にいけなかったなと反省しました。あんなさんにやめてもらうにはと必死で、当時そこまで頭が回りませんでした。改めて謝罪したいと思います。申し訳ありません。
めちゃくちゃそもそもですが、根源は「自由を奪われるのが嫌だ」という「気持ち」が人間には存在するからこそすべての人に同じ権利がなければいけないわけで、その気持ちをないがしろにしようとする差別主義者の揶揄がおかしいんだと思いますが、今はその話は別として。

それで、私がされた「主体性や自己決定権を奪おうとする行為」や、「インターネット上の誹謗中傷やデマをばらまかれる行為」という人権の侵害の問題の中で、私がされて嫌だと思ったことにあたるのはあんなさんにとってはなんだろう?と考え、やめてもらうにはそれを例に出すしかないと考えツイートしました。

多分、あんなさんに「あなたはフェミニストやアクティビストやミックスルーツの代表として扱われて、誹謗中傷に遭っている中で応援していますと言い続けられたらどう思いますか?」と言っても、あんなさんにとっては別に嫌なことではないのだろうと思ったので、「あんなさんが嫌だと思うこと」で例えないと伝わらないのだろうと考えました。

例えば、#KuTooは女性差別の問題で人権問題ですが、この問題を分かってもらうときに「ヒールを履きたい人」だったら、「私にヒールを履かせないで。あなただって足が痛いから履きたくないでしょ?」と言ったところで「え?私は足が痛くないから履きたいですけど?」となってしまうと思うんです。その人が嫌だと思うことを押し付けるということ、更に人権の問題を例として出さなければ、そう思いました。

あんなさんが私の「ハーフと呼ばない」ツイートを批判していることに対して、私がずっとあんなさんにされたことの話をしているのは、こういう経緯から私がその話をしたからです。あんなさんが私にしたことはこういうことではないのですか?という問いかけです。
私があんなさんに「ハーフ」と呼び続けたら、差別だけでなく嫌がらせ・いじめ・ハラスメントであると思います。その人がやめろと言っていることをし続けることになるのですから。
しかしあんなさんはやめてくれませんでした。どうすればやめてもらえたのでしょうか。いまだに私にはわかりません。

同じことをしても、私は許されない

そして8月の中旬、小田急フェミサイドに抗議するTシャツを作っている方に「事件をビジネスにするのか」という誹謗中傷が相次いでいました。彼女はカウンターとして「事件をビジネスにします」と言い返したところ、フェミニストや反差別の人たちから抗議を受けていました。
私は、そもそもカウンターとして発した発言だし、実際には事件があってそれをビジネスにしていることなんてたくさんある、ビジネス自体が悪いという風潮自体がおかしい、という趣旨の発言をしました。

あんなさんはこの私の発言をブロックされていない鍵アカウントで見たようで、このことから2ヶ月前の話をし始めました。(その時点であんなさんの鍵アカをフォローしていた方から教えてもらいました。)
その際、あんなさんはご自身の800人ほどいる鍵アカウントで私の許可なく私とのDMのやり取りの一部を晒し今回の件と絡めて私を批判していました。

そして、あんなさんは800人ほどフォロワーがいる鍵アカウントの中で先ほど話した誹謗中傷の被害者のオープンチャットについて、「今思うと、あのLINEグループでなんとなく良い雰囲気が保たれてたのって、彼女が「通報してください」って言ってきたアカウントを通報したり、「こんなことされた」にヨシヨシしてたからだったんだ・・・勝手に搾取されてたんだ・・・批判した途端に解散になった意味がやっと今分かった。」と書かれていました。

実際には、私が被害に遭った方の話を聞いて、対応ができるか弁護士さんに代わりに問い合わせたりすることもありました。もちろん私が他の方のされた話を聞いたり、通報をすることもありました。また、グループ内には私がブロックしていた人も入っていました。誹謗中傷の被害者の人がみんなで支え合うのに、私の好き嫌いは関係ないと思ったからです。だから、私だけがヨシヨシされるような場ではなかったと認識しています。

そもそも「いい雰囲気」と書いていらっしゃいましたが、このオープンチャットは何かトラブルが起きたときの相談がメインで、それ以外の世間話やプライベートな会話をしたことはほとんどありません。なので、チャットにいらっしゃる方のひととなりもSNS上で分かる範囲でしか知りません。

また、すべての流れを知っているmnmrさんがこのツイートをした際

あんなさんと仲のいい方が「誰もアイコン扱いなんてしていない、デマを流すな」と言ってきました。なので私たちはあんなさんのアイコン化発言を公開しました。「デマを流すな」という言葉自体がデマだということを知らせるためです。

先述しましたが、あんなさんは、先ににご自身の800人ほどいる鍵アカウントで私の許可なく私とのDMのやり取りの一部を晒していました。これに関して私は別にいいのですが、こちらがあんなさんの上記の発言を公開したところ「非常識だ」と言われました。あんなさんはよくて、私がダメな理由はなんなのでしょうか?

更に、あんなさんは本アカウントで「2か月前に石川さんにブロックされてから石川さんのツイートは見ていません」とおっしゃっていましたが、実際には鍵アカウントで見ています。鍵アカウント内で私の最近の発言を引用しています。

このように、ところどころあんなさんは嘘をついているので、みなさんにはすべての経緯を知ってもらいたいと思いこのブログを書きました。

あんなさんとのやり取りすべてで思うのは、あんなさんは許されて私は許されないことだらけだなということです。
あんなさんは許可なく私のDMを晒してもいい、私はダメ。
あんなさんは私に「応援している」と言い続けて私を傷つけてもいい、でも私はそれに対して「やめてくれ」と言ってはダメ。
あんなさんは私の指摘している主体性や自己決定権を奪う行為、アイコン化や代表の問題について理解しなくてもいいしやめろと言われてもやめなくてもいい、でも私は人種差別の問題を理解しなければいけないし、ハーフと呼んでもダメ。(そもそも私は呼んでいない。)
あんなさんの行動でフェミニズムの印象を悪くしている人もいるが、それは許されて私は許されない。
あんなさんはあんなさんの思うやり方でフェミニズムを発信することが許されて、私は許されない。

そして、あんなさんが私にヨシヨシしたことは存在しても、私がみんなにヨシヨシしたことはなかったことにされる。私がヨシヨシするのはして当たり前のことだから、でしょうか?私がアクティビストだから、私が他人をケアするのは当然のこと、なのでしょうか?

あんなさんはご自身の本アカウントで、「石川さんの嫌がることをしたという事実ではないことを言われています」と発信していました。私が嫌だと思ったかどうかを、あんなさんが判断するのは何故ですか?私が嫌だと思ったかどうかは、私しか知らないし私しか決められないはずです。なぜあんなさんの「嫌ではなかっただろうと思う」が事実になってしまうんでしょうか?

私が私のままで社会が平等にならなければ意味がない

私は、すべての人が平等であると信じています。あんなさんに許されることは私も許されると考えています。
もし、私がいるせいでフェミニズムの印象が悪くなるのなら、そもそも誰かがフェミニズムの代表だという間違った認識を正すことの方が大切なのではないでしょうか。
平等を求める運動の中で、誰か一人でも自由を奪われるのならばそれはおかしいと思います。誰もが自分の思う自分でいられることがフェミニズムだと私は思っています。私が誹謗中傷にどうやって対応するか、私がどんな言葉を使うか、私が傷ついた時に声をあげるのかあげないのか、それらは全て私だけが決められることです。あんなさんが決めることじゃない。

あんなさんのお友達に、「どんどん孤立している」と言われました。私が先にむこうを拒否しているにもかかわらず。孤立というのは一体どこからの孤立でしょうか?私はそもそも、そこにいたことがありません。あんなさんともこの方とも、多分お話したこともありません。
あんなさんたちも私のことが嫌いなのだろうけど、私もあんなさんたちが嫌いなので拒否しています。ですが、なぜか「向こうの嫌い」が優先されているようです。「あんなさんたちが石川を見限った」ということになっています。その一方的にジャッジしていいと思い込んでいるのをやめてくれとずっと言っているのに。「石川があんなさんたちを見限った」は、存在しないかのようになっています。私の意思は、ないものだと思っているのでしょうか。

こういったやりとりを説明されるとき、「みかねたあんなさんが石川さんと対話しようとしたけれど、言葉尻を湾曲され攻撃された」と言う人がいます。そもそも、なぜあんなさんたちの思うことが正解だと決めつけられなければいけないのでしょうか?あんなさんたちがよいとすること、私がよいとすること、それが違うというだけで、どちらが正解かどうかなんてわかりません。
「自分たちが正しいから石川さんを正しい道へ導いてあげなければ」、は対等な人間に対する行為でしょうか?なぜ私の選択が間違っていると今決めつけられるのですか?私がフェミニズムや人権のことを何もわかっていないバカで、たまたま#KuTooが知られただけの無知な女だからですか?

元々、あんなさんの仲のいい人たちがクボさんに「石川さんにアンチに言い返すのをやめさせるよう」と、迫っていたそうです。理由は、言い返しているところが暴力的でフェミニズムの印象が悪くなるから、そして自分たちにもとばっちりが来て迷惑だから。最終的に「この人がTwitterのリプ欄を閉じないせい」ということまで言われていました。

「言い返している」ということは先に私に暴力をぶつけている存在がいることをわかっているのに、私に行動を変えさせようとする。これが二次加害でなくてなんなのでしょうか。「リプ欄を閉じないせい」って、「あなたが自衛しないからだ」と何が違うのでしょうか?

もちろん、極力目につかないようにしています。リプ欄はほぼ見ていないし、(ただし匿名の情報開示に使えるものが出てきたらすぐに使えるよう、リプ欄は閉じていません。)#KuTooというハッシュタグももう1年以上クリックしていません。自分の名前のエゴサも同様です。
そんな中で、私がTwitterで目についてしまったごく一部の誹謗中傷に言い返す理由はいくつかあります。
一つは、「言い返さない」という選択で、これまで女性へのインターネット上での嫌がらせはなくなってこなかったから。
二つ目は、元々2ちゃんねるというものが存在してもいいということに疑問を持っていたから。ひどいヘイトや偏見を当たり前のように撒き散らしているあの人たちを、「インターネット上にいる特別な人たち」とみなしていいとは思えなかったから。
三つ目は、そのためにはまず「Twitterにこういう人たちがいて、この人たちは私たちと同じこの社会に存在し生きていることを可視化させなければいけない」と思ったから。なので私はリプライではなくて「引用RT」をしています。対話をしたいのではなく、ここにいることを知らせるため。
四つ目は、誹謗中傷がデマの場合、放置しておくと嘘だけが広まってその人の名誉を毀損することになってしまうから。#KuToo裁判がそうだったと思います。放置していたら、今頃私は著作権法違反をしたフェミニストとして死ぬまで責められ続けていたでしょう。
五つ目は、これまで特に女性は「言い返してはダメ」「受け流すべき」とされて来たから。それは誰にとって都合のいいことかと考えた時に、誹謗中傷やデマを流す側だと思ったから。
六つ目は、私は、自分にぶつけられる差別的な言葉に言い返すことでなんとか生きてこられたから。#KuTooを始めてから、毎日ずっと私は自分を誹謗中傷する言葉を、ただ生きているだけで目にするようになりました。こんな中で自分が自分を信じて生きていくために見つけた方法は、「絶対に言い返すこと」でした。言い返さないと私は、自分で死を選ぼうとしてしまうんです。差別の中で私が生き抜く方法を、私から奪おうとしないで。

私が言い返すのをやめるように言って来た人たちは、「生きるために精一杯なのに無責任と言われて傷ついた。フェミニズムにたどり着いたのに」とも言っていたそうです。
私が無責任だと言ったのは、「声をあげない人」「何もしない人」ではなくて、「声をあげずに何もしない状態で誹謗中傷真っ只中の私に頑張ることを要求したり、応援の言葉をかけたり、あーしろこーしろという人」です。生きるために精一杯なのは私も同じなんです。皆さんが「顔出しで実名で声をあげてください」と言われても簡単にできないように、私が皆さんに言われることも簡単にできないんです。自分のできることに精一杯で、それ以外のことを考える余裕はないです。

そして、私が声をあげられることを特別なことだと思わないで欲しいんです。私が遭った性暴力は、自分の顔と石川優実という名前と裸が世界中に見られてしまうというものでした。だから、私は自分の顔と石川優実という名前を出して声をあげないと、自分の尊厳が回復できないんです。声をあげられる環境だったからとか、勇気があったからとかじゃなくて、顔と名前を出すしかなかったし、声をあげないと生きていられなかったからです。まだフェミニズムに出会う前の話です。それをきっかけにフェミニズムに出会いました。私もなんとか過去の被害からの回復のため、今の様々な行動の選択をしているんです。それは皆さんと一緒です。その方法が一人一人違うだけだと思います。


私が誹謗中傷を受けてきたこの2年間、本気で死ぬことを考えました。そういうことを考えてしまうときは、
・ブロックしてもブロックしてもやってくる、やめてと言ってもずっとやめてもらえないとき
そして、
・言い返すのをやめろと言われた時
です。
でも、幸い私の周りには私が選択した「言い返す」という行動について、やめさせようとする人はいませんでした。
それは、私の「取り巻き」とか「信者」だからではなくて、私を一人の人間として尊重してくれていたからだと思います。

そして、いつでも悪いのは誹謗中傷をする側だ、ということを徹底しているからだと思います。責任の所在を見誤らないからです。
こんなひどい誹謗中傷やデマをばら撒かれている状態が2年続いていて、もしもあんなさんやその周りの人たちにずっと「印象が悪くなるからやめろ」と言い続けられていたら、私は死ぬことを選択していたかもしれません。自分にとってひどい言葉をぶつけられた時にまで、自分の言動を制限させられるなんて私には耐えられません。

私を都合のいい人形のように使うのはやめてください。影響力だけ利用しようとして、私の人格を否定するのはやめてください。だったら皆さんは「皆さんの思う正しいやり方」で影響力を持てるように活動すればいい。

私が目指しているのは、印象がいいとか悪いとか、好きとか嫌いとかそんなことに関係なくすべての人が同じ権利を得られる世の中です。
いい印象だとか、好きとかそんな曖昧でぐらぐらした基準で揺らぐ人権は求めていません。だから、どちらかと言えば印象が悪いまま社会が変わらなければ意味がないと思っています。

そもそも、フェミニズムが印象がよかった時代はあったのでしょうか?いつの時代もずっと、印象操作をされてきたと思います。しかし、着実に女性は権利を獲得し前に進んでいるはずです。印象が良いこととフェミニズムの運動が盛んになることは、果たしてイコールなのでしょうか?

私は私のままで、平等になる世界を目指します。そうでないと意味がないと思っています。どんなクズでも、差別主義者でも、いい人でも悪い人でも、誰かの評価によって権利が変わることがないような世の中を目指します。
でも、人にそれを強制しません。あなたはあなたのやり方で、私は私のやり方で。

もしも私に何かを求めるのならば、私もあなたに求めます。あなたの要求だけが優先されるわけがない。なぜならあなたと私は対等な人間だからです。

私が言い返すことでフェミニズムの印象を悪くしているかもしれませんが、この2年間の間にたくさんの女性から「石川さんが言い返している姿を見て勇気をもらっています」「ずっと言い返しちゃいけないと言われることに疑問を持って来ました。石川さんがTwitterで言い返しているのを見て、言い返してもいいんだと思えました」というメッセージをいただきました。物事には必ず、いい面と悪い面があるはずです。どっちもあるんだったら、どんな方法をとるかはやっぱり本人が決めればいいと思います。

もし、フェミニズムの活動をしていて嫌がらせのリプライに悩んでいたら、言い返したい人は言い返してほしい。言い返したくない人は言い返さないでほしい。フェミニズムのため、社会のため、じゃないです。あなた自身のために。

そして、周りの人はその選択をした人の行動を尊重し、ごちゃごちゃ言わないでください。その人を一人の人間としてみているのなら、その人の選んだことを信じてください。他人の人生の責任は取れません。

性別に関係なく、全ての人に同じだけの選択肢があるということ。そして、その選択を他の誰でもない自分自身がすること。それが私の考えるフェミニズムです。

長い文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。

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